スタンフォードの心理学者ケリー・マクゴニガルが語る、ストレスを力に変える仕事の選び方

──著書『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』の中で、「オキシトシン」というホルモンが、ストレス反応によって生じる物質だという話に衝撃を受けました。むしろストレスを解消し、幸せな気分をもたらすホルモンだと思っていたからです。ビジネスに関連する研究で、最近なにか新しい発見はありましたか。

オキシトシンは、癒しを与えるといった曖昧なイメージが先行していて、これまでは女性を対象にした研究が多かったのですが、最近では男性を対象にしたものも増えています。

最近ひとつ興味深い研究がありました。ラットを使った実験で、天敵の匂いを嗅がせると、オキシトシンの反応が完全に抑制されてしまったのです。通常、ラットに対してストレスを与えると、オキシトシンの数値が跳ね上がって、他のラットとの絆を求めたり、助け合おうとしたりするものです。しかし、その反応は天敵の匂いを与えることによって消えてしまいました。いまの環境は安全ではないと感じて、他のラットを信頼できなくなったからだと考えられます。この研究結果は社内の人間関係にも通じるところがあると思うのです。

──それは興味深いですね。ビジネスにどのようにつながるのでしょうか。

互いに協力し合えるチームでは、適度にオキシトシンが分泌されています。しかし、チームの中に信頼できない人がひとりでもいると状況は一変します。先ほどのラットの実験の天敵にあたる人が内部にいることをイメージしてください。職場に信頼できない人がひとりでもいると、ストレスに反応して思いやりや絆を促すオキシトシンがチーム内から奪われてしまうのです。

世界中でベストセラーとなった『スタンフォードの自分を変える教室』、ストレスは悪いものだという固定観念を覆した『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』。『スタンフォードの心理学講義 人生がうまくいくシンプルなルール』は昨年発売された最新刊で、「日経ビジネスアソシエ」誌面で日本の読者に向けて書き下ろされた記事をまとめたものだ。

──社外にはチーム全体にストレスをかける、「競合」という天敵もいますが、これはどうなのでしょうか?

敵とまでは言いませんが、外部に競い合う相手がいることは心理学的には良いことです。チームに強い結束力が生まれる機会になるからです。ただし「彼らを倒すぞ!」といった好戦的な態度を取るのではなく、「自分たちのベストを尽くす」という姿勢を持つことの方が、ストレスを力に変えやすいでしょう。

──そうすることでオキシトシンの力である、つながりや支援をチーム内に促せるということですか。

ストレスは自分たちに課せられた仕事を大切に思っている証であり、その仕事をチームで遂行するためのエネルギーに変換できる資源になります。競合が与えるストレスによって、チームでより良い仕事ができるようになり、メンバー間の助け合いにも良い影響が現れるでしょう。

──もしエネルギーの変換を間違えてしまうと、どうなるのでしょうか。

よく起こりうる間違いは2種類あります。

ひとつはストレスが何かの悪い予兆を示すものであると考え、「もしその仕事に自分が適していれば、こんなにストレスを感じるはずはない」と思ってしまうことです。

もうひとつは、ストレスは身体に悪いため、かき消さなければならないと思ってしまうことです。そうなると、「今日溜め込んだストレスをすべて発散しなければ」と思ってしまい、毎晩お酒に頼ったり、何かの中毒になったり、お金を浪費してしまったりするわけです。

TEDプレゼンテーション「ストレスと友達になる方法」は1200万超えの再生回数を記録し、TEDでこれまで最も人気のトーク20にランクインしている。

──TEDで講演した時、最後に主催者のクリス・アンダーソンから質問を受けていました。「もし誰かが生き方の選択をするとして、ストレスの多い仕事とストレスのない仕事と、どちらを選ぶべきか」と。そこであなたは重要なのは仕事の意義であり、自分を信じることだと答えていました。

実はストレスのない仕事など存在しません。一見ストレスのないように見える仕事も、実際にやってみれば何かしらのストレスは感じるものです。

意義のある仕事をしている世界中のビジネスパーソンに、「仕事でストレスを感じることはありますか?」と聞いてみると、ほぼ全員が「とてもストレスを感じている」と答えるでしょう。仕事の意義や満足度は、大抵の場合、ストレスの多さと直結しているのです。

世界にどのようなインパクトを与えたいと思うか、毎朝何のために目覚めるか。それは自分を信頼できるかどうかにかかっていると思います。このクリスの質問に対して、「信頼」という言葉を使ったのにも重要な意味があります。意義があるものを選ぶには、勇気が必要になることを伝えたかったのです。

──「勇気」とはどういうことですか?

仕事を選ぶ時に、自分にこう言い聞かせる必要があるという意味です。「自分の決断を信頼しているので、これから選択するキャリアや仕事において、どれほど困難な挑戦が待ち受けているとしても、必ず乗り越えてみせる」、と。

よく人は取り組む前から「自分には難しすぎるだろう」とか、「それをやるには、まだ経験が足りない」と考えてしまいます。勇気を出せば、意義を感じられる仕事ができるようになれるのに、実際に取り組む前から逃げ出してしまってはもったいないですよね。

──とてもチャレンジングな仕事が与えられた時、自分で解決しようとするか、他の人に協力をお願いすることになるかと思いますが、ストレス理論によると、どのように取り組むべきでしょうか。

そのような状況では、両方適切に行う必要があると思います。ストレスに対する反応には2種類のポジティブなものがあります。

ひとつは、自分の力だけではどうしようもないと思い、誰かにアドバイスを求めたり、助けてもらったりする必要性を感じる「ソーシャルストレス反応」です。この反応が強すぎると、まったく何から手を付けたら良いかわからず、とりあえず手当たり次第に人にアドバイスを求めることになってしまいます。

もうひとつは、仕事の報酬について理解していて、その仕事を実行するリソースも十分備わっているように思える状態の時に現れる「チャレンジ反応」です。そのリソースには自分のネットワークの中にいる人の協力も含みます。今回のケースでは、この反応をより強くすることが相応しいでしょう。それを呼び起こすためには、こう考えることです。

「よし、このチャンスをものにするために、自分の持ち得るすべてのリソースを投入しよう。創造性、知性、誠意、そして、この仕事を以前行ったことのあるオフィスの向かい側にいる人の知恵や、このプロジェクトについて知見のある他社の友人のアドバイスも」

──意義のある仕事に大きなチャレンジは付きものです。人によっては怯えて逃げ出そうとしてしまうこともあるでしょう。ただ、これまでのお話を伺っていると、ストレスをうまくコントロールすることによって、自分の能力をさらに高めることができそうですね。

その通りです。ストレスに対する成長のマインドセットですね。これは「意義とストレスのある仕事を選ぶべき」という、これまでの話にも通じます。何か自分を成長させてくれるチャレンジに取り組む時にも自分を信頼することが大切です。一度始めてみれば、その仕事は挑戦してみる価値があると納得しやすくなるでしょう。

怖気づいてしまう原因は、本格的に取り組み始める前に、解決方法を見通していなければならないと思ってしまうためです。実際には取り組み始めてからの方が、やってよかったと納得できるものです。いろいろな実験をして、人と話してフィードバックが得られるようになり、どうすればうまくいって、どうすればうまくいかないのかが、段々とわかるようになってくるからです。

英語では、自分の力をprove(証明)することよりも、improve(改善)しようとするべきだという言い回しがあります。いつも自分の力ばかり証明しようとしていると、大きなチャレンジが課せられた時に怖気づいてしまいます。何か間違ってしまったり、失敗することを恐れてしまうからです。だから、ストレスを伴う面白い仕事に取り組む時は、「自分の能力を改善できるいい機会だ」と思えるかどうかがとても重要なのです。

──2月2日に東京で開催予定の「Sansan Innovation Project 2017」で基調講演を予定していますが、いまのところどのような内容を考えていますか。

当初はストレス・マインドセットについて、幅広く研究を紹介しようと思っていたのですが、今日のあなたの質問を聞いていると、ストレスがもたらすソーシャルな部分に多くの質問が集中していたので、そのあたりの話をもう少し深掘りしようかなと思い始めているところです。ストレスはいかにわたしたちをソーシャルにするのか。それを増幅し、職場のストレスにより適切に対処するためにはどうすればいいか。実際に職場で試してみるとどうなるのか。そのあたりの話にフォーカスしたいと思います。

──それはとても楽しみですね。実は今日のお話を伺っていて、ひとつ自分の中で気づきがありました。日本には「自由」という言葉があります。英語に訳されるとFreedomやLibertyになってしまうのですが、本来の意味合いはかなり異なります。何かから逃れるためのものではなく、自分の内側から生じるものなのです。今日伺ったストレス反応ともどこか関連するような気がしてならないのですが。

驚きました。わたしが過去20年間、座禅に取り組んできたことをご存知なのですか!?

──ほんとですか!? それは存じ上げていなかったです。

人によっては、気づくことができるみたいですけどね。わたしの物事の捉え方について、どこか禅の思想が埋め込まれている部分はあるみたいで。スタンフォード大学でも瞑想を取り入れて、ストレスやトラウマに対処するための研究を行ったりもしています。いまのわたしの仕事を一言で表現すると、「受け入れがたいことを受け入れるという行為について人々を説得する」ということなのですが、その根底にある考え方は禅の思想とも関係が深いのではないかと思っています。

──最初、なにがきっかけで座禅を始めたのですか?

最初は自分の肉体的な苦痛に対処するために紹介してもらいました。痛みを受け入れることで、自分の身体をコントロールできる自由を手に入れる体験ができました。それがストレスに対処する理論にも適用できることに気づくまでには、しばらく年月がかかりましたが。

──鈴木大拙という人をご存知でしょうか。日本の禅文化を世界に広めた仏教哲学者なのですが、彼によると、禅の「自由」についての考え方は、日本人の思想の根底にあるものなのだそうです。もしそうだとしたら、日本であなたのメッセージはとても馴染みやすいのではないかと思うのです。

それはとても嬉しいですね。というのも、アメリカではおそらく文化的な偏りによって、わたしのメッセージはしばしば誤解されて受け取られてしまうからです。アメリカではポジティブ・シンキングの一種として伝わってしまい、「何事もポジティブに考えてみよう」という風に捉えられてしまうことがよくあります。もしかしたら、日本の方が文化的にも合っているのかもしれません。

──2月の講演がますます楽しみになりました。貴重なお話をありがとうございました!

こちらこそありがとうございました!

文/丸山裕貴 撮影(書影)/友近玲也

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