こうすれば大企業の新規事業はうまくいく──\QUANTUM井上裕太が体現する「チェンジ・エージェント」としての生き方

“スタートアップをつくるスタートアップ”とも呼ばれる組織形態「Startup Studio」が、数年前からシリコンバレーで注目を集めている。

エンジニアリング、デザイン、事業開発、マーケティングなどの新規事業を立ち上げ、育てるために必要なすべての機能を備えていることが特徴で、そのリソースを駆使することで新しいスタートアップを生み出したり、投資先の事業を成長させたりすることを目指す。

このStartup Studioのアプローチを日本に持ち込み、大企業のイノベーション促進にも活用しようというのが「\QUANTUM」の試みだ。2015年には、アクセラレーターという立場から、NTT西日本とスタートアップ企業の共創を促進させるビジネスコンテストを支援。16年には共同事業者として、パナソニックによる新技術の商品化を推し進め、世界最大のクリエイティブ・ビジネス・フェスティバル「SXSW」への出展を果たすなど、着実に成果を積み上げている。

Startup Studio事業の責任者を務める井上裕太は、マッキンゼー出身のコンサルタントとして日米の企業で長く新規事業創出の支援を行ってきた人物である。ビジネスネットワークを活用し、企業の変革を促す「チェンジ・エージェント」としての\QUANTUMの活動に込めた想いを、井上自身の歩んできたキャリアからひも解く。

国内で「Startup Studio」という組織形態はまだあまり見られないが、井上は大企業で新規事業を生み出す、日本ならではの展開の可能性を見出した。

──まだ日本では聞き慣れない、Startup Studioとは?

一般的に世界でStartup Studioと言った時に意味するのは、VC(ベンチャーキャピタル)のいち形態のようなものです。アメリカではベンチャー企業をいかに生み出すか、という仕組みが時代によってどんどん変わってきています。

その昔はひとつの企業を立ち上げるために、非常に多くの資金が必要な時代がありましたが、2000年代初頭から、極論でいえばひとりでもアプリがつくれるようになりました。それにともない、多くのベンチャー企業に少額投資して、それが多産多死にならないようにシードアクセラレーターが育成する、という仕組みが増えていきました。

AirbnbやDropboxを見るとこの仕組みはうまくいっているようにも見えますが、成功例はごくひと握りです。最近では揺り戻しのように、1社あたりの投資額を増やして、立ち上げから成長するところまで、時にはハンズオンと言われるような形を超えて、VC側が中に入り込んでつくっていく、という流れが生じています。これが一般的な意味でのStartup Studioです。

──\QUANTUMが掲げる「Startup Studio」は、何が違うのでしょうか。

仕組み自体は一般的なStartup Studioと似ていますが、それをベンチャーに限らず、大企業が新規事業を生み出す場面にも生かそう、という思想でやっています。また、必ずしも投資をしてリターンを得るというビジネスモデルにこだわらず、フィー型やレベニューシェア型なども組み合わせて事業を展開しています。

大企業もベンチャー企業も、新規事業をつくりたいと思った時にはそれぞれ足りないリソースがあります。そういうものをすべてまとめて用意したり、両者をつなげたりするだけではなく、時にはわれわれ自身が中に入り込んで一緒につくっていきます。

われわれが果たす役割は案件によって変わります。フルでやる場合には、アイデアを出して事業計画を作るところから始まり、プロトタイプを作ってユーザーテストを行い、どうローンチするかを考え、実際に発売して成長させていくところまで一緒に実施していきます。事業主体の一員としてJV(ジョイントベンチャー)を設立する、あるいは、経営者を派遣するところまで踏み込むケースも少なくありません。

\QUANTUMにはエンジニアリング、デザイン、事業開発、マーケティングなど、バックグラウンドの異なるさまざまなメンバーが揃っているので、パートナー側の状況に応じて足りない役割をこちら側が担い、チームを組成できます。

──\QUANTUMが入ることで、大企業の新規事業創出にはどのようなメリットがありますか。

会社の中の人だけで挑戦する場合と比べて、3つのメリットがあると考えています。

すべてのプロセスを大企業の中でやるとなると、非常に多くの時間がかかります。アイデアひとつ、事業計画ひとつ通すのにもいくつもの経営会議を通さなければなりません。大企業のブランドを使って世の中に出すためには、クオリティチェックにさらに2年以上かかったりもします。われわれが間に入ることで、こうしたボトルネックを乗り越えて、時間をグッと短縮できます。これが、1点目のメリットです。

例えば、一昨年から昨年にかけてあるパートナーと進めた新事業をつくるプロジェクトがあります。アイデアと事業案をつくるところからわれわれが入って進めたのですが、通常であればその後の流れは、アンケートをとって、コンサルティングファームに頼んで事業計画書をつくり、半年後の経営会議にかけて、ようやく実行するかどうかを決める、といったプロセスになるはずです。しかしそれでは遅すぎますよね?

そこで、\QUANTUM名義でとりあえずプロトタイプをつくり、ユーザーやパートナー候補と対話することができるトレードショーに出展する、という提案をしました。費用も弊社が持ちます。パートナーとしてはローリスクなので意思決定がしやすくなりました。現地で得たフィードバックをもとに、その後の事業開発を進めていくことができました。

2点目のメリットは、足りない知見を補えることです。先ほどのパートナーの例で言えば、彼らはハードウエアをつくり続けてきた人たちなので、ハードウエアをどう作ればいいか、どうマーケティングすればいいか、ということには長けていますが、そこにソフトウエアが関わってきたり、さらにサービスとして設計することにまでなると、社内の知見だけでは足りません。

\QUANTUMには先ほども触れたように、さまざまなバックグラウンドの人間が揃っていますので、足りないものをその場その場で補いながら進められます。

3点目は、例えば冷蔵庫をずっとつくり続けてきた人が、生鮮食品の配送サービスもやろう、となったとしても、どのように意思決定すればいいか分からず、最初の一歩が踏み出せなくなります。そういう時に「パートナーとして事業にコミットする事業主体者がすでにいる」という事実が、意思決定を後押ししてくれるところがあると思います。

企業の中で眠る起業家たちへ。「Be A Founder(起業家であれ)」。このプロジェクトにかける井上の想いが、\QUANTUMのエントランスで表現されている。

──とはいえ大企業とベンチャーを組み合わせること、あるいはそこに\QUANTUMが入ることによって、新たに生まれる問題や難しさもありますよね?

もちろん山ほどあります。細かいところで言えば、大企業はいわばベンチャーの作法的なものが分かっていないことが多いので、「とりあえずもう1回ミーティングしてもらってもいいですか?」「こういう資料も作ってもらっていいですか?」「もうひとり役員と会ってもらっていいですか?」などとなりがちです。

ベンチャーからすれば貴重な経営リソースを割くことになるのですが、大企業側にはそうしたことへのコスト意識が希薄なのです。だからぼくらが間に入って、そうした問題を一つひとつ解いていくことになります。

もっと根本的な問題は、そもそもなんのためのオープンイノベーションなのかが曖昧な場合が多いことです。上司にオープンイノベーションをやれと言われたからとか、オープンイノベーション室長という役職になってしまったのでとか、冗談みたいな話が結構多いのです。

提携はあくまで事業を進めるため、ボトルネックを越えるためのものでなければなりません。こうした意図のない単なる提携には意味がないと思っています。

──そうした難しさを乗り越えるために意識してやっていること、挟んでいるプロセスはありますか?

いちばん大事なステップは、経営課題が何であるかを最初の段階で明らかにすることです。そのやり方には、議論する中でこちらが把握すればいいケースもあれば、一緒に研ぎ澄ませていく必要がある場合もあります。経営課題が明らかになって初めて、本当にベンチャーと提携するのがいいのか、あるいは、われわれが入って実証実験をしていくのがいいのか、ということが描けるようになります。

逆に言えば、その先にある、どうやってベンチャーを連れてくるのかとか、どうマッチングするのかとか、そこからどう成果につなげていくのかは、目的さえはっきりしていればなんとかなるものです。

例えばベンチャーに提携を持ちかける際にも、なんとなく「提携しませんか?」よりも、「こちらはAが欲しいです。代わりにBを提供できます」という言い方ができた方が圧倒的にスムーズに行きますからね。

もうひとつ大事にしていることを挙げるとするなら、小さな成功を細かく積み重ねることです。提携は必ずしもすぐに大きなインパクトが出るわけではないので、放っておくと社内のモメンタムがどんどん落ちていってしまいます。プレスリリースを出すとか、プロトタイプを作るとか、目に見えて示せるものを出すということも意識してやっています。

\QUANTUMには、ひと通りのものづくりはできる人員と設備が揃っている。それぞれが異なる専門性を持っているため、案件ごとに最適なチームを結成して取り組んでいる。

──一方で、それだけの知見とリソースがあれば\QUANTUMとして独自に新規事業をやることも可能だと思うんです。そもそもなぜいまのような活動をやろうと思ったんですか?

根本には、日本企業の持っているポテンシャルを本当はもっと活かせるのではないかという想いがあります。

ぼくは長い間、コンサルタントとして大企業の新規事業開発に携わってきました。その中で、大企業の中にも熱いパッションを持った人がいるのに、それが十分に発揮できずに苦しんでいる様子をたくさん目にしてきました。

実際に調査してユーザーのニーズがあることは分かっている。マーケットの規模的にも十分にインパクトがありそうだ。にもかかわらず、それをやると意思決定するのに何度も経営会議を通さなければならなかったり、PLをもっと精緻にしろだとか、フリーキャッシュフローの見立てが甘いだとか、本質的でないことに阻まれて、なかなか形にできないでいる。そこをうまく突破できさえすれば、日本企業からはもっといろんな事業が出てくるんじゃないか、と思うのです。

一方ではベンチャー企業も、例えばブランドや信頼がないことを理由に苦しんでいます。こちらもまた、リソースさえ揃えばもっと大きなインパクトを出せるはずです。

そう考えたら、両者を結びつけるとか、両者の中にわれわれが入って足りない部分を補えれば、われわれだけでやるよりずっと大きなことができるのではないか、というのが\QUANTUMを立ち上げた発想です。

──井上さんの中でそうした問題意識が芽生えたのはいつ頃のことですか?

ぼくはもともとマッキンゼーという会社でコンサルタントをやっていたのですが、東日本大震災がきっかけとなって辞め、2011年に被災地の子供のリーダーシップ育成を支援する財団を立ち上げました。その活動の中で接した子供たちが大きな志を持って頑張っているのに刺激を受けて、ぼく自身ずっと胸に秘めていた「シリコンバレーに行く」という想いを実行に移そうと、2012年に個人事業主になりました。

フィールドマネージメントというコンサルティング会社等にお世話になりながら、日米を行き来して企業の新規事業開発のコンサルティングをやりつつ、その過程では『WIRED』の北米特派員を任されて、現地のテックイベントなどを取材したりするようになりました。さっき言ったような問題意識が芽生えたのは、ちょうどこの時期です。

かたや、シリコンバレーのカフェで出会った起業家志望のスタンフォードの学生が、2年後には上場寸前まで漕ぎ着けたということをニュースで耳にする。一方でその2年間をかけて手伝っていた日本企業では、事業と直接関係のない人を説得するのに追われて、いまだに事業化することさえできていない。このままやっていては日本はまずいことになるという危機感が募っていきました。

WIREDの記事がきっかけとなり、井上はTBWA\HAKUHODOの新規事業開発の相談を受けることに。そこで企画・提案したStartup Studioの原型となる案を自らリードするべく同社にジョイン。いち部署として始まったものが分社化し、いまの\QUANTUMがある。

──何度かのキャリアチェンジを経て、現在の活動につながる問題意識を深めていったということでしょうか。仕事を変える際には、常にご自身の中に課題意識があったということですか?

何かしらの思いがあったことは確かですが、最初から自分の中でハッキリとした形になっていたわけではないと思います。

というのも、例えばコンサルをやっていた時に地震が起きて、何かできることはないかと思っていたら、人づてでそうした仲間とつながることができ、財団を立ち上げることになりました。その後も明確に転職しようと思っていたわけではないけれど、その時おぼろげに思っていることはあって。そうした時にたまたまチャンスが来たという感じでしたね。

財団を実際にやり始めてからも、最初はフルタイムでやるつもりなんて全然なくて。やっていくうちにそれがめちゃくちゃ大事な事業だということに気づいていったというのが本当のところです。

自分では明示的に方向性を定めることができていなくても、ぼんやりとでも課題意識を抱えている人であれば、何かきっかけさえあれば飛び込むことができますよね。誰かに言われて初めて、自分はこういう活躍の仕方もあるんじゃないかと気付く人というのは、ぼく以外にも案外多いような気がします。

──スキルの面で、いまにつながる武器のようなものを確立できたと思えたのはいつ頃ですか?

ちゃんと課題を整理する方法とか、ストーリー仕立てにすることで経営者の意思決定を後押しできるとかいった基礎的なスキルは、最初に入ったコンサルティング会社での4年半で学んだことです。それがあるおかげで、どんな状況においても何かしらの価値を提供できるだろうという、根拠のない自信のようなものが出来上がったと思います。

一方で、自分の得意技のようなものって、ひとつの組織の中に居続けていては気付けないものじゃないですか。それに気付くことができたのは、コンサルティング会社から出て、たまたまお手伝いをしたいくつかのNPOの人たちに言われたことがきっかけでした。

こちらからすれば当たり前のことをしているに過ぎないのだけれど、ごちゃごちゃした会議の中に入って話を聞きながら、その内容を整理して、ストーリーとしてまとめたら「やることがこんなにハッキリしたのは初めてだ!」とめちゃくちゃ感謝されて。そうした経験を重ねる中で、もしかしたらファシリテーションや、組織をある方向にグッと変える時にその「チェンジ・エージェント」の役割を担うことは、自分の得意技なのかもしれないなと思うようになっていきました。

日本の大企業はまるで鎖国状態だという。企業の変革を促す「チェンジ・エージェント」に求められる期待は大きい。

──「チェンジ・エージェント」というのはまさに\QUANTUMの活動に通じる話ですね。3年間活動を続けてきて、大企業のあり方も変わってきているというのを感じますか?

変わってきていますし、変えられるものなんだなという手応えもあります。

例えばあるプロジェクトでタッグを組んでいる方は、既存のやり方や本来の職務を乗り越える仕事の仕方をするので、社内で「問題児」と称されることもあるらしいんですが、「そういう問題児のようなアクションができるのは、\QUANTUMと一緒に仕事をする中で、どうすれば事業が前に進み、価値として企業に返ってくるのかを学べたからだ」と言ってくれています。

事業をつくる上ではそういった社内起業家精神、コーポレートアントレプレナーシップが不可欠だと思うのですが、\QUANTUMの活動を続けていくと、そうしたものを持った人がどんどん増えていくのを実感します。最初は一緒にプロジェクトを進めた部署の人だけがそうした「問題児」だったのに、その仕事ぶりを見た隣の部署の人にまで伝播していくのが分かるんです。

──実はそういう思いがある人は大企業の中にもいっぱいいて、ボトルネックがあってあきらめていただけだった、ということ?

そういうことだと思います。しかも、その「山ほどいる」という幅は、われわれが思っている以上に広い。

例えば、あるパートナーと一緒に進めている別の事例で、社内起業家育成のプログラムがあります。このプログラムを通じて社内で事業案を募集すると、普段工場で制服を着て品質管理をやっているおばちゃんからも、事業案が出てきたりするんです。「実はいま親の介護をしていて、それがものすごく大変なんだ。それはこういうものがあれば全部解決できる。だから作りたいんだ」みたいな感じで。企画部としてもびっくりですよね。ビジネスサイドにいる血気盛んな若い人たちから出てくるものだと思い込んでいるから。

その方なんかはもうユーザーそのものなんで、ユーザーの課題のど真ん中に答えていく。しかもパッションがあるんで、本当に起業家みたいなんですよ。「すでに〇〇人にヒアリングしてあります!」「専門家の先生も連れてきました!」「プロトタイプも自分で作ってみたんですけど!」みたいな感じで。

こういう人はたくさんいると思うんですけど、それが目に見える形になったのは、このプログラムを始めたからですよね。われわれはこうしたプログラムのことを「出島」と呼んでいます。

──「出島」って長崎の、ですか?

そうです。鎖国時代も出島だけは違うルールで運営されていて、色々なことがOKだったじゃないですか。だからこそそこを経由して色々な知識が入って、イノベーションが生まれていったと思っていて。

いまの日本企業って、それこそ鎖国時代と同じくらいガチガチに縛られているところがあるので。だから「みんなで出島をつくろう」と言っているんです。さっきのプログラムもそうだし、\QUANTUM自体が出島のようなものでもありますよね。出島をつくると、これまでのルールから解放され、みんな急に動き出すという実感はものすごくあります。

日本をもっと良くしたい。そのためには、人がもっと自由に移動できることが重要だという。

──面白いですね。そうした\QUANTUMの活動の先に、究極的には世の中がどうなっていったらいいと考えていますか?

もっと多くの人が、いろんな組織を自由に行き来できるようになったらいいなと思っています。

さっきの出島の例もそうだし、ぼく自身がいまのような問題意識を持てたり、自分の強みに気付けたりしたのも、会社を出ていろんな組織を行き来したからです。個人事業主時代には文科省の中で働いていたこともありますし、大企業の中にも、ベンチャーの中にも行きました。そうやって自由に行き来できるようになったら、もっと活躍できる人がいっぱいいるし、閉塞感も減ると思います。

例えば大企業にいた人が行政に行ったらできることがあるし、ベンチャーにいた人がNPOに行ったらできることがある。セクターをまたぐと、あるところでは急に自分の価値が上がることがあって。それをみんながやったら、お互いにすごくいいことが起こると思います。なので、いい意味でもっともっとグチャグチャな世の中になっていったらいいなと思いますね。

文/鈴木陸夫 撮影/小野田陽一

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